撮影監督でも多くの作品に参加する角監督から撮影のこだわりや映画づくりにつ いて話を伺った

手持ちカメラで撮影された短編映画『たまには船にでも乗ろうか』

──ジーンシアターでも配信している『たまには船にでも乗ろうか』について伺います。シーンがとても絵的で名シーンだらけですね。始めの方の棒と棒の間に2人の人を入れるカットやエンディングのクレジットを入れるシーンなど、絵コンテなどでカット割はつくられるのですか?

あの作品に関して言うと、5分以内という制約もあって、事前に何度もロケハンに行って、 全シーン全カット分の絵コンテを作成してから撮影を行いました。必ずしも絵コンテ通り にいかず、現場で変わった部分も多くあります。作品にもよるのですが、完成した時のイ メージをある程度明確にしておきたい場合は、特に尺の短い作品ほど絵コンテを描くこと が多いです。

──俳優の演技がとても自然で作品にマッチしていました。現場での演出はどのようにされたのですか?

もともと出演者の吉見茉莉奈さん、納葉さんのお二人とも、僕がカメラマンとして参加し た別の作品の現場で出会った俳優さんで、何度かご一緒したことがある方々だったので、 お互いの現場での様子は知っている状態でした。その信頼関係もあって、僕からはキャラ クターの背景や、作品のテーマ的にどういった部分を見せたいかという部分を伝えて、そ れでお二人には十分汲み取っていただけたのではないかと思います。

──よくみると三脚を使っていない様に思えました。何か意図があってのことなのですか?

おっしゃるとおり三脚を使用したカットは1カットもありません。感情の揺れ動きにカメ ラを合わせることに加えて、海の上にいるのだという臨場感をその揺れでも表現できない かと思い、全編手持ちでの撮影にチャレンジしました。機材を減らし撮影時間をなるべく短縮するという現実的な側面もありました。

──落ち込んでいるところに小学校の友達が現れて、船に乗ろうと誘うストーリーもとても面白いと感じました。どの様にストーリーを考えたのですか?

2020年の夏ごろ、コロナのピークが少し収まって近場ぐらいなら出歩けるようになった頃 に、なんとなく1人で東京湾フェリーに乗りに行ったら、まるで生き返ったように感じま した。身近で潮風や太陽を感じられたあの情景を作品に落とし込めないかなと思って、船 に乗るという展開ありきで作品を作りたいと考えたのが制作のきっかけです。自分自身を 主人公に投影すると何か思い悩んでいるキャラクターが出来上がって、そんな主人公がど うしたら船に乗るのかを考えると、誰かに引っ張ってもらうしかないと思い友人のキャラ クターが出来上がってというようにストーリーを膨らませていきました。。

──船を誘った人は深読みすると死んでしまった昔の友人とも思えたのですが、そんなことはないですか?

映画祭で上映して頂いた時などに、そう思ったとおっしゃった方が意外とたくさんいましたね。僕としてはそういった意図はなかったのですが、確かにそうとも取れるなとは改めて思いました。

短編映画紹介 『たまには船にでも乗ろうか』

『たまには船にでも乗ろうか』(5分)の視聴はこちらをクリック >> たまには船にでも乗ろうか

ストーリー

うまくいかない仕事、代わり映えのない日々…。退屈な日常に疲れ果て、ぼんやりと横須賀の海を眺めていたサチ。しかし、小学生時代の幼馴染・ナツに偶然再会したことがきっかけで、ナツが乗るフェリーに一緒に同乗することに。潮風をその身に感じ、懐かしい旧友と語らいながら、サチはかつてナツと一緒にフェリーに乗り込んだ、少女時代の小さな冒険に想いを馳せる。

都会の冷たさと優しさを描いた『DeSQUEEZE』

──『DeSQUEEZE』について伺います。まずタイトルはどんな意味があるのでしょうか?

これは元をただすと、映画技術の用語なんです。アナモルフィックレンズというシネマス コープ画角の映像を撮影するためのレンズがあり、そのレンズで撮影すると本来得られる はずの映像に対して光が横方向に圧縮(squeeze)された状態で撮像面に届きます。そうする と、撮像面の同じ面積に対して、より横方向に広がりを持った画が得られます。その押し潰された映像素材を再度横に引き延ばして、正常な比率に戻す編集上の作業のことが 『De-squeeze』と呼ばれています。僕の作る作品の主人公はどこか抑圧されているような 人が多くて、抑圧から解放されるようなニュアンスの言葉をタイトルにしたら面白そうだ と思いました。この作品自体がアナモルフィックレンズを使ってみようとスタートした企 画なのもあって、『DeSQUEEZE』というタイトルに決めました。

──夜のシーンが多いように見受けられますが、暗いところでの撮影は大変だったのではないでしょうか。

歩道橋で殴られるシーンなどでは、名刺サイズの照明機材を3~4個ほど柱に設置していますが、あとは地明かりで撮影しました。こればかりは本当に、最近のカメラの高感度に助けられましたね。

──都会の冷たさとやさしさが表現されていますね。『たまには船にでも乗ろうか』でも仕事に悩んでいる人と、仕事しているのかという能天気な人が出てきますね。このように陰と陽、光と影みたいなことは意識されていますか。

そうですね、何となく自分自身の中でずっとそういうものがあるような気がしています。基本的には陰の部分が強いのですが、ずっと陰でいるのもしんどいし、そこから180度変わって前向きになるとまでは言わないけれど、ほんの少し元気になれるぐらいの塩梅で作品をつくりたいと思っています。「ハッピー!最高!」まで行きたくはないけれど、“ほんのちょっとだけ自分が変われるかも”ぐらいのところを狙っていきたいです。

──たまたま2作品ともおにぎりを食べるシーンが出てくるのですが、ここにもこだわりがあるのでしょうか?

過去の作品でもファーストフード店のポテトなどが出てくるのですが、「気軽に手に入るけど、何か味気ない」ものの象徴として使っているような気がします。『DeSQUEEZE』でいうと、都会の冷たさの表現になっているのかなと。

短編映画紹介 『DeSQUEEZE』

『DeSQUEEZE』(2分57秒)の視聴はこちらをクリック >> 『DeSQUEEZE』

自分の作品が映画館で上映されたときは「感動」のひとこと

──角監督は自身での監督作品も多いですが、他の監督の撮影として入ることも多いですね。監督としてどんどん作品をつくっていきたいと気持ちもあると思うのですが、他の監督の撮影に入るのはなぜでしょうか?

僕はまず撮影助手からキャリアをスタートさせたので、はじめは監督をやるつもりはありませんでした。それよりは撮影監督になりたいという気持ちが強かったんです。それなのに自分でも映画をつくるようになったのは、以前心臓の病気で生死の境を彷徨った時に「この経験使えるな、何か作品に残したいな」と思ったのがきっかけでした。その時、つくったのが『レミングたち』という映画です。その時は“この1本だけつくれたら満足”ぐらいの気持ちでした。しかしいざやってみたら「楽しいな」と思ってしまって(笑)。ただ自分が本来やりたかった仕事は撮影なので、撮影監督は今後も続けていきたいなと思います。

──最近『露光時間』と『レミングたち』が映画館で上映されましたね。自身の監督作品が映画館で上映された時の気持ちはいかがだったでしょうか?

すごく感動しました。DCPの試写のチェックで初めてスクリーンに映った自分の作品を見 た時に、自分が撮ったものであるはずなのに画面サイズや色味を見て感動してしまって、 自分ながら「すごくいいものを撮っていたんだな」と思ってしまうほどでした。映画館の 環境の良さを改めて実感しました。実際に映画館に来てくれたお客さんに作品を見ても らって、その場の空気感やリアクションといった生の反応を体感できたのも嬉しかったで す。

──好きな映画監督や映画作品を教えてください。

僕が映画をちゃんと見るようになったのも大学生ぐらいからで、それまであまり映画を見 てこなかったこともあって、その頃に映画館で見た映画が今でも強く印象に残っていま す。『クラウド アトラス』(2012/ラナ ウォシャウスキー,トム ティグヴァ,リリー ウォシャ ウスキー監督)『ジャージー・ボーイズ』(2014/クリント イーストウッド監督)『ザ・ ウォーク』(2015/ロバート ゼメキス監督)など。特に『クラウド・アトラス』という映画 は、初めてIMAXシアターで観たこともあって衝撃を受けました。

映画づくりは呪いみたいなもの、そのくらい魅力がありますね

──インディーズ映画は、大半が収益化されるわけではないのですが、それでもつくるという映画監督としての理由やモチベーションを教えてください。

映画づくりって呪いみたいなもので、撮影中は「こんな大変なこと二度としない」と思うんですけれど、なぜか気が付いたらまた新しい作品をつくり始めているんですよね(笑)。一度作品を完成させて、人に見てもらうという体験をしてしまうと、もう逃れられないような気がしています。
ただモチベーションというところでいうと、映画制作を続けるということが予算的にも時間的にもだんだん難しくなってきていますね。色々と折り合いをつけていきながら、どうやって映画づくりを続けていこうかな、というのは専ら最近の悩みです。

──映画祭で賞を受賞していますが、映画祭にエントリーして賞をもらうことは大きなモチベーションになるのでしょうか?

僕が初めて映画祭で表彰を受けたのが、神戸インディペンデント映画祭で準グランプリを頂いた時でしたが、最初は殆ど実感がありませんでしたね。まず映画祭の場で上映してもらえる時点ですごく嬉しかったので、他の作品を見て「あの作品が受賞するんだろうな」と思っていたら自分の作品が選ばれたというのが、なかなか追いついてこないというか…。最初はどこか他人事ぐらいの気持ちでいて、後から喜びが追いついてくる、という感じです。

──インディーズ映画の未来についてどのように考えていますか?

僕らがインディーズで作った作品を見てもらう場として主に映画祭があって、そういった 場があることはとてもありがたくはあるんですけど、一方で色々な映画祭に行ってみる と、ごく一部の内輪に向いたコミュニティになっているような気がして、いわゆる一般の お客さんに作品を届けることができていないなと感じます。そこから一歩抜け出すにはど うしたものか、というようなことはインディーズ監督仲間とよく話しています。「作るの が楽しい」はもちろん自主映画のひとつの大事なあり方ではありつつ、観客の立場に立っ てちゃんと面白いものが作れているか?ということを意識しながら作品を作っていけれ ば、また新たな広がりもあるのではないかと思います。

──今後はどのような活動をしていきたいですか?

撮影監督と監督とを両立してやっていけたらいいなと考えています。仕事として撮影監督 をしつつ、自身の作家としての作品作りも続けていけたらと思っています。